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千葉県立成東高等学校


訪問 2005年8月13日


☆School Data☆

所在地 千葉県山武郡成東町成東3596
交通手段 JR総武本線東金線・成東駅下車徒歩約25分
または成東駅から千葉フラワーバス・成東高校前下車徒歩3分
設置学科 普通科・理数科
学区 第6学区(東金市・山武郡など)
生徒数 名(男子名・女子名)
学校紹介 1900年(明治33年)に創立された伝統校。
学校のある成東町は九十九里平野のほぼ中央にある町で、交通の
要衝でもある。
学区の中心校として歴史を重ね、地域の進学校としての位置は揺る
ぎない。一方、部活動も非常にさかんで、野球部(下紹介参照)、
永田克彦選手(シドニー五輪レスリング銀メダル)を輩出したレスリン
グ部、関東大会出場常連のソフトテニス部やホッケー部が有名。
学校は九十九里平野を臨む高台にある。

※成東高校野球部・・・1989年に悲願の初出場を遂げ、初戦で智弁
和歌山を破る。スタンドには1万2千人もの応援団が駆けつけ、アル
プススタンドからバックネット裏まで陣取り、声援を送った。成東高校
にとってまさに「悲願」だった甲子園。そこに至るまでには、1970年
代の「悲運の成東」と呼ばれた歴史を触れない訳にはいかない。
1972年、好投手・鈴木孝政(のち中日、現・野球解説者)を擁し、優
勝候補の呼び声高かった成東高校。その前に立ちはだかったのが
前年の代表で、甲子園ベスト8に入った銚子商業だった。エースの
根本投手(のち大洋)は前年のベスト8の立役者、この年の春の選
抜にも出場している。両雄は準決勝で激突する。3万人の大観衆が
詰めかけた一戦は、現在でも「千葉県高校野球史上最高の試合」と
呼ばれるほどの激闘の末、1-0で銚子商業に軍配が上がる。それか
ら4年連続で両者は対戦、すべて1点差で銚子商業に軍配が上がり
成東高校は悔し涙を流し続けた。1974年、銚子商業が全国制覇した
時も延長の末、惜敗。この年、銚子商業は全国大会で圧倒的な強さ
で優勝しているだけに(全試合4点差以上をつけて勝利)、その悲運
が引き立つ。
1989年は、その宿敵・銚子商業を準々決勝で延長の末に破る。そし
て決勝で拓大紅陵を1-0で破り、悲願の甲子園出場を決めたのだっ
た。
(写真左)学校までは坂を上っていきます。(写真右)校門左手に残る旧校門。左側の門扉には「成東
○○○○番」と昔の電話番号が書いてある年代物。