旅の写真館 その6

忘れてはならない歴史。未来へ語り継ぎたい歴史を探しに。。。


 2005年夏。戦後60年の節目にあたる夏、ぜひ訪れてみたいところがあった。
 千葉県成東町(現:山武市)にある、JR総武本線・成東駅。成東は、戦争末期、軍部が掲げた「本土決戦」の重要な
拠点とされた九十九里浜に近く、重要な拠点であった。
 1945年8月13日、成東駅に停車中だった弾薬を運ぶ貨物列車を、米軍が空爆した。
 たちまち列車は火炎に包まれ、爆薬に引火する危険が高まった。被害を少なくするために、駅員・将校が総出で住民
への避難を呼びかけ、消火作業に努めた。そして列車を人家の少ない方向へ避難させようとしたが、間に合わず爆発。
 駅員15名、将校27名の計42名の人命が奪われた。地元住民の死者はいなかった。
 戦争が終わるわずか2日前。訪問した日は、ちょうどその悲しい事故から60年の節目で、慰霊式典も行われたようでし
た。改めて平和の尊さを思った夏の日でした。


 もう一つは、今年(2006年)は、公害病の原点と言われる水俣病の公式発表から50年です。
 環境問題といえば、私がよく見ている「NHKアーカイブス」で取り上げられた「高知生コン事件」が強い印象を受けた。
 「高知生コン事件」は1971年6月、有害排水を垂れ流し続けたパルプ工場に対して、怒った地元住民がマンホールに
生コンを詰め込んで操業を実力阻止した事件である。
 事件は威力業務妨害罪に問われ、1976年に地裁判決が出て、罰金5万円(ちなみに現在の法律では懲役3年または
50万円以下の罰金)の有罪判決だったが、企業・行政の怠慢が厳しく問われた判決となった。
 公害に対し、地元住民が実力行使した行動は、その後の市民運動に大きな影響を与えた。
 「NHKアーカイブス あすへの記録 廃液〜ある公害闘争の28年〜」では、1948年の工場操業開始から、1976年の
判決が出るまでの28年間の記録を、豊富な資料と証言で丹念に制作された番組である。番組の最後で「ふるさと」を合
唱するシーンが印象的である。
 事件が起こったパルプ工場は、高知市の西部、古くからの住宅が並ぶ一角にある。工場の跡地は現在、ショッピング
センターになっている(左写真)。訪問してみても分かったが、この地はパルプ工場の立地には向いていない。
 事件後、工場は閉鎖した。有害排水が垂れ流されていた江の口川は浄化が進んでいる。「高知生コン事件」の中心と
なった「浦戸湾を守る会」「江の口川市民流域会議」などにより「浄化祈念碑」が作られている(右写真・背後に流れる川
が江の口川)。

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